2020年10月の京都旅行、前記事の続きです。
最後の目的地へ向かう。
お昼ご飯食べるのに寄りたかった店が、ことごとく閉まっていた。
閉まっていたというのも、定休日という感じでなく。
テナント募集になっていたり、何の貼り紙もないままの休みだったり。
行こうかリストに入れていた、嵯峨野の化野念仏寺。
こすもすさんの記事で知って、興味沸き、
行くつもりだったのだが、朝、バスを乗り損ねたために、計画変更したから、行先を減らさないといけないかも、ということで、今回は行くのやめた。
母も、前に行ったことあるし、斎場だったのよね、行くの気が進まないというし。
嵯峨野、人があまりにもいないし、店も閉まっていて、大丈夫か?!
コロナの被害がここまでひどいとは、と驚いた。
11月の紅葉時期になったら、人であふれるのかなぁとも思いつつ。
10月の、暑くも寒くもない良い天気の日で、人もいなくて、自分の知ってる京都ではない、今まで全く知らないところを歩いているような感じがした。
自分にとって、京都の不思議なところはそういうところで、中心街からそんなに遠くもないはずなのに、どこか遠い、知らない場所、という気分にさせる。
京都で初めての道を通るときは、そう。
そんなに知ってるわけではないから、初めての道だらけなのだが。
道沿いの花、うまく撮れそうにないと思いながらもなんとなく、撮る。
季節も伝わって、よいか。
人を写さないようにしているのではなく、人がいない。
時折、やっているらしき店などはあった。
目的地まで、もう少しだと思う・・・
後で知ったのだが、この辺りは、愛宕神社の鳥居前町であり、重要伝統的建造物保存地域らしい。(wiki参照。)
突然立派な大きな屋根の店。程よい感じを保つメンテナンス、大変だろうなぁ。
平野屋。
400年前から鮎問屋を営みつつ、茶屋をやっていたという店らしい。
ふと見ると、犬が一匹。
こういう場合って、いきなり吠え出すことあるから、近づきたいけれど近づかないで通り過ぎた。
平野屋の前を過ぎて少し行くと、目的地に到着。
ここが、その日、朝最初に来たかった、愛宕念仏寺。
あたごねんぶつでら、ではなく
おたぎねんぶつじ。
この寺を知ったのは、こすもすさんの記事で。
記事読むまで、全く知らなかった。
知ったら、是非行ってみたいと思った!
今回の旅行は、こすもすさんの記事で知ったお寺と、今まで行っていなかったところで気になっていたところへ行くというのが目的だった。
中へ進んでいくと、すぐ、現れだした!(って、元からそこにいるしw)
ユニークな表情の石像が本当にたくさん。千二百躰以上あるらしい。
これらの石像は、昭和55年からの復興事業の際に、寺の復興のために境内を羅漢で満ち溢れさせたいっていう当時の住職西村公朝さん(仏像彫刻家)の気持ちに賛同した一般参拝者達が彫ったものだそう。
ここを大切にする大勢の人の想いで再興されたお寺。
周囲も落ち着いていて、優しく待っている、雰囲気。
囲む緑とこの暗さ、鎌倉の奥の方にもありそう?
…と思ったら、現存の本堂、鎌倉中期のものだった。
最初に愛宕寺が建てられたのは、奈良時代で、もともとは東山にあったが、大正時代にこちらへ移築されたとのこと。(愛宕念仏寺のサイト参照)
本堂の横を通って裏へ。
これ、なんだったっけ・・・・・・
またぐるりと本堂の横へ。
一般参拝者が彫った、って、上手だよな。住職が手直ししたのかな。
それにどれもかわいらしい雰囲気、そろってる。
色んなスタイルのがあるので、楽しい。
母は、あちこちの羅漢さんに向かってかがんで、「こんにちわ」「こんにちわ」と声かけていた。
途中で他の参拝者が来て、結構真剣に写真撮影していた。
ふたりずつとか、ちらほら、参拝客が来た。
この日、朝、嵐山からここまで来るバスは逃したが、帰りはちょうどバスがありそうだったので、バスの時間に合わせてバス停の方へ。
ちょうど、例の、トンネルが!
こすもすさんの記事にもあった、清滝トンネル。
母に、あれは有名な心霊スポットと言うと、
行かない行かない、近づかない、絶対行かない意思表示。
というのも、母は4人兄弟の末っ子なのだが、母の前に、母の母親(つまり、自分の祖母)のおなかの中で亡くなった姉?がいたらしく、その霊を子供のころから見ていたそうで。
広島の原爆ドームに母と行ったときも、気分が悪いから、早く行こう、とか、
霊の気配にざわざわする方らしいのだった。
バスが来て、今度は無事に乗れて、その後、嵐山でまた、昼食難民となり、電車で京都駅に行ってからお昼食べて、東京に帰った。
京都は何年かけても行ききれない、知り切れないな。
今回の京都旅行記事はこれでおしまいです。
読んでくださり、ありがとうございました!!