金色のアイスキャンデーの連なりが太陽光に輝く。
連なったその流れが一閃すると、白磁の卵から赤い血液があふれだし、また一人スクラップと化した。
堅い装甲が、紙のようにへこみ、ゴボリと大量の血が吹き出す。人間入りの卵がぐしゃりとつぶれて、筋肉と内蔵がはみ出す。
ドロリとした赤い海から、白い頭蓋が割れ、眼球の飛び出した頭部が見え、ケイスは目をそらした。
ブリーフィングで見た作戦参謀の余裕顔と、彼が言った制空権確保の報告にむかっ腹が立ったが、今は全力で逃げ回るしかない。
丸みを帯びたフォルムのリニウム特殊装甲を着込んだ体を、カーボンナノチューブ製の人工筋肉(ソフトアクチュエーター)から動力を受けて、前屈みに飛び込ませる。
そのすぐ後ろを同じ金色の光が薙いだ。
黒光りする長い槍、アヴェンジャー系のガトリングから吐き出される光弾が、轟音とともに底の見えない黒い穴をコンクリートに開けていく。
ケイス達の着込んでいる甲冑型の装甲。全身をくまなくカーボン繊維とチタンの装甲で覆い尽くし、モダンにアレンジされた中世の全身甲冑(プレートメール)。曲面を帯びた胸装甲に三菱のエンブレム。白磁に輝くその機体は動力甲冑、通称モータードレスと呼ばれる。装甲の内側に貼り付けるように内蔵された人口筋肉から補助を受けることで、軽快な運動性能を発揮する装甲歩兵達も、今は対スナイパー用の装甲を装備しているためすこぶる重い。
遠距離からの大型ライフル弾の狙撃には耐えられるが、直近上方から三〇ミリ口径のガトリングをばらまかれては別だ。近距離からの七・六二ミリNATO弾も弾くファイバーと特殊合金で作られた装甲が紙くずのように引き裂かれる。
無線からはひっきりなしに、悲鳴と怒号が聞こえ、ケイスはまともな言葉を喋っているやつなんていないと思った。
士官候補生で構成された新装備の動力甲冑(モータードレス)部隊。現地に派兵されて、NATO軍の司令部(コマンドポスト)からの命令は、サラエボ、チトー将軍通りにある、あの白いビルの調査のはずだった。
ケイス達の部隊の斥候が突入してすぐに、黒煙と炎を発して大爆発を起こす。ガソンリン系の爆博物は数秒で斥候達をローストした。こちらの装備の限界性能を見越して、使用された液体爆弾によって、ビルは火を付けられたマッチ箱のようにもうもうと黒煙あげて燃えさかっている。
通称、スナイパーストリート。サラエボの中心を通る片側三車線の大通り。欧州風の大陸的な雰囲気の風景に、どことなくソビエト風の雰囲気が溶け込んでいる町並み。この一見すると平和そうな町の中央を走るこのメインストリートを歩くだけ、住民はセルビア軍に道路を挟んだビルから無差別にスナイピングを受け、虐殺されていた。それでも住民達は、敵軍に包囲されたこの町で生活するため、生きるためにこの通りを通って、食料を調達しなければならない。
そして、この虐殺の開始をきっかけに、アメリカの後ろ盾、NATOからの要請によって、西側の軍隊が投入されだして三ヶ月。モータードレスの性能を試すにはうってつけの場所だったはずだ。
ケイスは、任務前に装備したスナイパー避けの前面装甲を外すよう、大声で周りに叫び、自分も装甲のパージを音声とイメージによる脳波でセンサーに指示を出す。外骨組(アウトシャーシ)からボルトのきしむ音がして装甲が外れるのと同時に。そのまま関節の稼働限界まで足を振り上げて、前に飛んで転がる。
装甲越しにコンクリートの上に投げ出される激しい衝撃が伝わってくるが、今いた場所はガトリングの斉射を受けてえぐられ、人間一人を十分埋められそうな大穴をあけていた。
片膝を立て起き上がると、装甲内の補助人工筋肉から動力サポートを受けて駆け出す。足のくるぶし辺りに装着されている走行用ローラーをタイミング良く降ろすと、横転しているトラックから漏れるオイルで滑らないことを祈りつつ、前方にローラー走行を開始する。
少し離れて振り向くと、ケイス達を突然急襲した、巨大な二足歩行兵器は、ガトリング型の大型ライフルで三十ミリらしき鉄鋼弾をばらまきながら、甲冑の殻におおわれた死体の山を築いていた。
現在、地上戦での主力兵器となりつつ動力甲冑(モータードレス)は人間が着込む形で装備する。内蔵されている人工筋肉(ソフトアクチュエーター)から補助動力を受けるため通常の人間より遙かに高い運動性能を引き出すことが可能だ。
対人制圧力を増すために、通常の人の平均身長より大きく、且つ、屋内への侵入を容易にするサイズとして二メートルから三メートル程度の大きさに納められるようになっている。
最近は、超遠距離からのスナイピングや、誘導兵器の標的にされないために、より小型化と運動性、機動性の強化が進んでいる。また、サイズの小型化と比例して低下する、対人制圧力との両立については、各国がノウハウ競っている。
今、その最新鋭のモータードレス部隊を、蟻のように蹴散らしている巨大二足歩行兵器は、人間を搭乗させることを前提に作られた全高二〇メートルの巨大なゴライアテだった。
戦闘機をひっくり返して足をつけたようなフォルムから頭と外装腕が飛び出し、ガンシップに搭載されているものと同サイズのアベンジャー系ガトリング砲を装備。六本の銃身が束ねられた巨大な砲身を軽々と振り回している。
複数の装甲をに覆わた姿は、モダンにアレンジされた中世イギリスの装甲騎士のようだ。
頭部には一つ目のモニター。赤い一つ目の鬼のように、動く度に赤く光の尾をひき、地上を睥睨する。
地を這うように進む、蜘蛛型の多脚型の戦車は、ケイスも基地で見たことがある。戦車の足が単にキャタピラから多数の足に変化したに過ぎない、鈍純な乗り物だ。
しかし、今、ケイスの部隊を混乱に陥れているそれは、二足で直立歩行を行い、二〇メートルの巨体を軽々と、まるでアスリートさながらに動き回る。
重量の大きさを表すように、一歩踏み出すごとに、コンクリートに五十センチほどの深さの穴を穿って進んではいるが、その巨大な質量を無視した軽快な運動性はまるで体操選手の床競技のように、飛び、跳ね、転がる。
軽装のモータードレスでもあそこまでの動きは、相当の訓練が必要だろう。操縦技術もさることながら、無人機でなければ、搭乗者は機体の運動から来る衝撃に耐えられず、脳挫傷や頸椎の骨折であっという間に死亡しているはずだ。
例えば、地上十メートルの位置にコクピットがあったとする。巨人が転がっただけでも、 十メートルの位置から落とされる衝撃が搭乗者にはかかる。この衝撃を吸収する構造が必要なはずだが、あの胴体サイズに収まる物は、現在の技術では難しい。しかも、巨人達は転がるだけではなく、体操選手並のアクロバティックな動きを見せている。
そして、その機動性。
ケイスの隊が航空機の爆音を聞いたのと同時に、対地攻撃が行われ、隊の中央に配置されていた小型の陸上駆逐艦(ランド・デストロイヤー)が轟音とともに爆発した。
そして次の瞬間には、ちょうど部隊の中央に巨大な人型兵器が三機、ケイス達に向けて銃口を向けていた。
部隊の誰もが、自分たちのフォーメーションの中央に、突然現れたと思っただろう。実際は、空中から降下して、デストロイヤーを上空から破壊後に、着地したものと思われる。
ガトリングの六つの砲身が急回転し、バリバリバリという最初の一斉射で、モータードレスの半数が紙くずのように吹き飛ばされる。
残った者も装備されている一四ミリ完全被甲弾(フルメタルジャケット)を装填したアサルトライフルと、携行していた無反動砲(カールグスタフ)で反撃を試みるが、巨人の動きにまったくついていけない。
何度か、ガトリングが発射される光芒がケイスの装甲をかすめる。直撃なしで三百メートルほどの距離を開けることに成功したが、まだ油断はできなかった。
三機編成の巨人は、散開する装甲歩兵の中央で、銃弾をそこら中にばらまきながら、動き回っている。
頭部のアンテナがまるで角のよう見え、鬼が逃げ惑う人間どもを黒い金棒でなぎ払うかのようだ。
「後退だ。後退しろ!」
「訓練生が喰われてるぞ!艦隊からの支援は?!」
「また一人潰されたぞ」
「上空の飛行中隊に連絡はとれたのか?」
「全滅!シグナルゼロ。ガンシップを含めた飛行中隊のシグナルがありません」
「空母からは?」
「向こうは気がついていたようです。後、二〇分で支援戦闘機(ガーゴイル)三機到着」
「おそい、遅いよ!全滅しちまう!」
雑音の酷い無線から、後方の作戦指揮所(コマンドポスト)からの無線がようやく聞き取れる。
くるぶしの外につけられている走行用のローラーを出して、スピードに乗れた者から何とか切り抜け始めた。
後退地点を読まれないよう、訓練通りに一旦、全域に散開している。
「あそこまで戻れる奴は何人いるんだろうか?」
ケイスの脳裏にナオミと、そして、リック、コリーナの顔が浮かび、不安が増大する。うまく切り抜けてくれよと願う。
巨人がこちらに振り返らないように祈りながら、後退地点とは一旦、違う方向に遮蔽物を縫うようにして走り回る。
巨人達は、大きさと運動性を生かし、その質量からは考えられないスピードで、散開する装甲歩兵に接近、ガトリングを押しつけるように発射して装甲をつけた肉塊を作り続けている。
「ケイス!ケイス!」
振り返ると、スピードに乗った紺の装甲のモータードレス、胸にマーキングされたストーンズのマーク。
同期のリック・マイヤーの機体。アフリカ系で良くシェイプされた黒い筋肉を鎧のように身につけた巨漢。
その大きな体からは想像できないような、柔軟性とスピードのある動きをする男だ。
装甲をつけると、きつくて股がすれると行軍中ブツブツ言っていたが、今はさすがにそれどころじゃないようだ。軽快に走行してはいるが、左肩のアーマーが派手に破損していた。
「キンタマは大丈夫か?」
ケイスがわざと軽口を叩くと
「ハッハッ!大丈夫だよ。おまえのケツのおできよりましだよ」
いつもは余裕のある声が、逼迫している。しかし、くだらないやりとりに思わずほくそ笑んだことで、カラカラだった喉に少し潤いができる。
「あのデカ物はなんだ?!どっから沸いてきたんだ」
リックがジグザグに回避行動を取りつつ、徐々に集合地点へと近づいていく。ケイスの位置からは三〇メートル。
「気がついた時には、もう中央で暴れまわっていたぞ」
「自力で飛行可能かもしれない。距離が離れても、機動力があるから気をつけろよ」
「了解。少し離れる」
足部のローラー走行でスピードに乗った紺の機体が遠ざかっていく。
ケイスがヘルメット内のインターフェース越しに、巨人達の方を見る。識別や所属を示すであろう、黒い外装腕の肩装甲のマーキングは黒く塗りつぶされている。
徐々に接近してくる巨人達を肩越しに見ながら、撤退ポイントのバリケードを目指す。コマンドポスト代わりに設置されている、陸戦型巡洋艦(ランド・クルーザー)までたどり着いてしまえば反撃の方法はある。
ランド・クルーザー自体は三〇ミリ・ガトリング程度では装甲を貫通することはできない。また、搭載されている大口径砲の予測射撃や、近接信管に切り替えたミサイルで仕留めることも出来るはずだ。
クルーザーの手前に接地されたバリケードの入り口まで到達したところで反転し、巨人の方へ視点を向ける。速度を落として、足の走行用ローラーを上げると、貫通弾の威力が低減できそうな大きなコンクリート片の陰に隠れた。
肩に教官章、胸に「洗濯鋏」と毛筆で書かれたトレードマークの機体が同じように隠れていた。日本人から見ると奇妙なこのマークに芸術性を感じて入れ墨にもしようとしていたのは彼女しかいない。
安堵のため息がケイスの口から漏れた。
「ナオミ!」
口の中がカラカラに乾いていてうまく喋れない。途中で声がかすれてしまう。
「よくそんな小さいキンタマで、ここまでたどり着けたわね」
ナオミ・ワトソン。本人曰く、ユダヤとアフリカのハーフらしい。海兵隊の訓練にも耐える強靱な精神と、細身だがしなやかな肉体持ち、黙っていれば痩身の美人に見えるのに。
「臆病者が生き残るんだろ?リックみたいに痛い思いもしないし」
強がりを言うと、ナオミがにやける雰囲気が、無線越しに伝わってくる。
左肩の装甲が叩かれたので振り向くと、ヘルメットの全部パネルを開いて顔を除かせたナオミが、ケイスのヘルメットも開ける仕草をする。
ケイスも同じように開放すると、ナオミが覆い被さる様にして、甘やかな香りとともに、唇を重ねてくる。
そして、次の瞬間には、もうパネルは閉じられている。
「一緒に年を取るんでしょう?落ち着いて、訓練通りに。You copy?」
他の隊員の前では絶対に出さない、甘やかな声が響く。
「I copy」
メルメットを閉じ、お互いに拳をつきだしてあわせる。
ケイスは、一息つくと、
「コリーナはガンシップか?」
同じ士官学校の仲間を訪ねる。
「司令部(コマンドポスト)にいるはずよ。あそこなら、さすがにあの子でも大丈夫でしょ」
ナオミが無線越しに答える。
「心配?」
「もちろん」
そう言ったケイスのヘルメットをナオミが拳で軽くこづいた。そして、バリケード代わりのコンクリ片越しに、前方に視線を向ける。
「どうして、私だったの?」
こんな時にめずらしいなと思いながら、ケイスも頭部のカメラアイを一キロ程先の巨人達に向けた。
しばらく黙った後、
「姉さんに少し似てるからかな」
とかすれ声でケイス。
「あら奇遇ね。私は、あなたが実家の犬に似ていたからなの」
ナオミがからかうように言うと、今度はケイスがこづきかえした。
ヘルメット内のモニターにウィンドウを表示し、取り付けられている望遠スコープの映像を映し出す。
一機の動力甲冑が軽快なフットワークで近づいてきた。ケイスとナオミがいる、大きなコンクリート片にダイビングするように飛び込んでくる。
派手に壊れた肩の装甲と、胸部装甲にペイントされたストーンズのマークで二人とも、それが誰なのかすぐに分かった。
「よう、ケイス。おっと、教官どのも。奇遇ですな」
リックは息も絶え絶えで言うと、ヘルメット内のストローからズルズルと経口保水用のゼリーを飲む音が派手に聞こえる。
ごろりと腹ばいになりながら、
「ぷはぁ。こんな所でも仲の良いことですな」
と言った。
ナオミの蹴りがリックの腹部装甲に入り、ドカンという音がする。
「いてて・・・」
リックが大げさに腹を押さえてみせる。ナオミが中指を立てて見せた。
「助け・・・!・・・!」
断末魔の悲鳴が無線に入り、ケイスは思わず耳を覆いそうになって、ヘルメットに腕部の装甲が当たり乾いた音を立てた。
距離千二百メートル。巨人が装甲指揮車を踏みつけて動きを止め、腕から飛び出したスパイクで貫くのが見える。運転席の辺りをしっかりと貫いたスパイクが赤く染まっている。
ケイスは、ヘルメット内に表示されている望遠インターフェース越しに、改めて巨大な二足歩行兵器を眺める。巨大な人影が暴れ回る光景が非現実的だった。
多足歩行型の戦車タイプなら実戦配備されている物は多い。どちらかというと、地面を這うタイプのものが多く、蜘蛛型の戦車といった感じだ。
都市や艦船、森林等、地球上の様々な地形に対応して戦闘を行うには、ケイス達が身体に換装している動力甲冑(モータードレス)の方が有効だ。
地球上は元々人間サイズが一番活動しやすいような構造物などの環境が多く、大型陸戦兵器では不利な場合が多い。
多足型歩行兵器が開発されだした初期には、大型の二足歩行兵器についても検討されていた。
二足で立ち上がることにより、上方から攻撃できるため、戦車や歩兵に対する近距離戦等でのメリットはある。
しかし、操縦者は操縦桿等でコクピットから操作するため、人間並の動きをするには、操縦者の技量も、兵器自体の反応速度もかなりの高いレベルが要求される。
パイロットの操縦技量が卓越しており、その操縦技術に対して二足歩行兵器がすぐに対応できたとしても、今度は搭乗者の身体がその動きについて行けない。全長二〇メートルの巨人が走った場合、その中心部は、上下に二~三メートルは激しく動き、ショックが吸収できる構造でない限り、搭乗者は走るだけでダメージを受けることになる。
更に、二足で立ち上がることにより的が大きくなる上、巨大な質量を二本の足で支えるため、動きはどうしても緩慢になる。
様々な試行錯誤が繰り返されたが、結局は、もっさりと動くどでかい標的になってしまうのが実情だった。
そうなると、遠距離からの大型砲や、投下型爆弾などといった、間接攻撃に弱く、また、センサー類の効きにくい環境で、対装甲車両用のロケット砲を持った、歩兵の待ち伏せにも弱くなってしまう。
大型の人型兵器は機動性、運動性が他の兵器を凌駕しない限り意味のない兵器というのが当時の通説だった。
これらのデメリットのため、検討はされるが開発はされない状況だった。
しかし、今、望遠インターフェースに映し出されている巨人は、直近で発射されるバズーカやミサイルに対しても対応して運動し、“避けている”のだ。
操縦しているパイロットが体への衝撃に耐えていることもさることながら、コクピット内で各センサーや、モニターの情報を瞬時に処理して操縦桿に伝え、その動きが動力に伝わる速度が、訓練を積んだ生身の体操選手のように俊敏だ。
大型の歩行兵器の場合は、普通はもっとのっそり動くはずだった。
その最大のデメリットを高いレベルで解決している運動性能と、上空から一瞬にして現れた機動性は、今後の多足歩行兵器を使用した戦闘理論を根底から覆す存在になるはずだ。
威嚇を続けながら、巨人の周りを旋回しつつ、四方に散っていたモータードレス兵達が徐々に後退してきた。
ケイス達が集結しつつある後方二〇メートル程後方に、司令部となっている陸戦型巡洋艦(ランド・クルーザー)が控えている。
全長五十メートル、全幅十八メートル。地上から艦橋までの高さが十五メートル。10階建てのビルを横倒しにして動かすようだ。巨大なキャタピラとホバーを併用して移動する。また、障害物があり侵攻が困難な場合は、分解されて空輸されることもある。 これが、戦艦級になると、アフリカや中東といった、広い平原や砂漠での使用に限定される大きさになる。 今回、NATOがサラエボに派遣したのは、アメリカ陸軍所有のランド・クルーザー「ダラス」。 船で言うと甲板に当たる部分にイタリア、オート・メラーラ製の一二七ミリ連装カノン砲、艦橋全部に6銃身のゼネラル・エレクトリック社製20mmガトリング砲、他レーダーや、対地、対空ミサイルランチャーを装備。そして、複数の兵装を高度に管理統制して、高度な予測攻撃も可能な電子戦闘システム搭載している、陸上の動く要塞だ。
「予測射撃で、連続砲撃を開始します」
コリーナの声が無線に響く。ケイス達と同期の彼女は、どう見ても兵士として働くことが不向きに見えるおっとりとした容姿とは裏腹に、士官学校での成績はトップクラス。戦術分析班として、ランド・クルーザー内の司令部にいるはずだったが、今は通信担当を任されているようだ。
巨人がある程度、近づいてきたところで、突然、後ろから轟音が続けて鳴り響いた。
ランド・クルーザーから弾重量三〇キロの鋼鉄の砲弾が、毎分一〇〇発の速度で、連続して発射され、四基の二〇ミリファランクスによる威嚇攻撃も開始された。
着弾付近のコンクリートが派手に吹き飛び、黒々とした大きな穴を穿っていった。
続いて、艦載ミサイル孔が開き、艦橋に付けられたレーダーで目標へのロックオンが開始される。
これは避けられないだろうと誰もが思った。穴だらけになって、巨人達が倒れるのを、部隊の誰もが想像したに違いない。
上空をゆっくりと大きな鷲が旋回しているのが、ケイスの目にちらりと入った。
瞬間、背後に異様な気配を感じて、ケイスとナオミは思わず振り向いた時だ。
「キャァァァ!」
コリーナの悲鳴が無線を通して、モータードレスの装甲内に響く。
全高七メートル、二階建てのビル程度の高さのあるランド・クルーザーに、何かが、巨大な怪物が、黒い影を落としていた。
巨大な、いかがわしい、背筋を逆なでする何かが舞い降りる。巨大な爪を持った足が艦橋部をメリメリと言わせてつかみ潰している。
「コカドリーユ・・・?」
ケイスは、フランスの特殊部隊が隊章にしている、鶏と蛇とドラゴンを組み合わせた空想上の怪物を思い出す。
巨大な影の全高は三十メートルを超えている。虎の後ろ足を思わせる、発達した大腿部と逆間接の膝が棘のような装甲に覆われている。背中に生えた巨大な二本角は大口径ガトリングだ。前肢は巨大な羽とかぎ爪。蛇のように鱗状の装甲で覆われ長く伸びた首。わざとそうしているのか、バツの字に装甲でふさがれた眼。そして、異様に大きな牙の生えた嘴。歯の付いた嘴だ。 世界中の芸術家達が人間に不快感を与えることだけを目的にアーティストしたような姿。太陽の強い光を背負った異様な黒い影は、存在だけで当たりに凄まじいプレッシャーを振りまく。
「あれは・・・」
チベットで独立派の民衆を、”本当に喰っている”とニュースされていた奴だと、ケイスが思い出した時だ。
金属のすれるような凄まじい金切り声。爪をはがされるようなザワザワとした不快な神経音があたりにこだまする。モータードレスを付けているにも関わらす、周辺の兵は一斉に頭を押さえた。音が体当たりをかましてきたような感覚。対人制圧用の神経麻痺性音声の一斉発信。
同時に、モータードレス兵達が巨大な光弾に次々となぎ倒されていく。
黒い怪鳥の背で巨大なガトリングが高速で回り、辺りに連続してどでかい光弾を発射していく。
「ケイス!ケイス!」
ケイスはナオミにバンバンと肩を叩かれて我に返ると、ナオミの手を装甲越しにつかみ直した。無理もない。ケイス達は訓練生の初の戦場。精神兵器の威力を味わったのも初めてだ。
「逃げるよ。あれはヤバイ」
逼迫したナオミの声が響く。まだ意識が吹っ飛んでしまっているリックの襟あたりの装甲を片手につかんで引きずっている。
ガトリングの轟音の中、意識の戻った兵達が、震える手でアサルトライフルをぶっ放す。
雄叫びを上げて、精神兵器の威圧で萎縮した精神を鼓舞するように。
リックの重い装甲を、ケイスとナオミは両方から担ぎ上げ、その場を離れようとした時、ケイスが気がついた。
「コリーナが、まだ」
「だめだ!今は、一時引かないと」
ナオミは別の無線ラインで周辺の兵達にも指示を出しているようだ。無線の切り替えが間に合っていない。
その時、ガトリングの発射音とは別に、ガンガンとでかいフライパンを叩く大きな音がする。
怪鳥が後肢でつかんだランドクルーザーの巨大な艦橋を、その鋭い嘴で叩きだした。
まるで、鳥が自分の止まり木に潜んでいる虫をほじくり出すように。
艦橋から、人間を一人つまみ出すと、そのまま鋭い歯で咥え、餌でも食べるようにバリバリと噛み砕く。赤い血が嘴から滴った。
無線から悲鳴が聞こえる。コリーナの悲鳴だ。
「コリーナ!」
ケイスとリックが同時に叫んだ。
嘴がさらにもう一人つまみ出す。ケイスの脳波を検知して光学レンズが望遠に切り替わる。虫の様につまみ出された、女性隊員(ウェーブ)の姿を捉える。
嘴でつまみ上げた頭部を左右に思いっきり振った。
首から胴が外れて、落ちていく。赤い尾を引きながら。
さらにもう一人。
そこまでやるか。そこまでして、実行制圧力を高めたいのか?敵の戦意を失わせる、精神制圧行為。
「うおおおお!」
リックが雄叫びを上げて、クルーザーに向かって走行を開始した。
「やめろ!止まれ!リック上等兵!」
ナオミが叫んだが、リックは右手でアサルトライフルを連射しながら、カールグスタフを怪鳥にぶっ放した。
舌打ちをすると、ナオミが背部ユニットから自分の腰の高さまである大型のライフルを慣れた動作で取り出し、畳まれていた銃床を引き出して肩付けする。
無駄のない洗練された動作ですぐに照準。ドウンッという発射音と共に、発射のキックバックでナオミが全体的に後ろぶれた。
怪鳥の頭に、一発一発リズムを取るように的確に命中させる。
空になった弾倉を落とすと、予備弾倉の入っているコンテナに手を伸ばす。
眼のない頭部と、ガトリングの銃口がこちらにロックされる。
腰のユニットから次の弾倉を取り出そうとしてるナオミの襟をケイスが今度はつかむと、引きずるようにして一緒に走り出した時だ。
背部に、異様な空気を感じて二人が同時に振り向く。
黒い巨人の影が見下ろしていた。
サラエボの透き通った空を、夕日が真っ赤に染め、黒い影をより強調していた。
突き下ろされる巨碗。鋭いスパイクの一撃はなんとか避けたが、大木のような足が、ケイスとナオミを吹き飛ばした。
吹き飛ばされる瞬間に、ナオミがケイスの腕をつかんで投げていた。
「ナオミ!」
と叫ぼうとして、声にならずコンクリートに投げ出された人形のように放り出される。
直撃を受け、ぐにゃりと横たわるナオミのモータードレス。ヘルメットが割れ、血の流れる白く細い顎と唇が見える。
黒く大きな影が、ナオミの上に舞い降りる。
とても兵器とは思えないおぞましい牙の並んだ嘴が、あっという間にナオミのモータードレスをつまみ上げた。
そのまま飲み込むようにすると、加えゆっくりと力を加え始めた。
ひび割れたヘルメットの隙間から、ナオミの今までに見たことのない泣き顔が見えたような気がして、ケイスは瞬間的に逆上した。
背中に装備してあったカールグスタフ無反動砲を引き抜くと素早くかまえる。自然と口から雄叫びが上がった。
しかし、周辺は真っ白に染まり、音がどんどん遠ざかった。
ケイスのモータードレスが四方にクルクルと踊った。
自分の体に無数の虚空が開いた気がした。
巨人の持つガトリングが高速回転し、光弾がケイスの体に着弾する度に、体が飛び跳ねる。
それでも、ケイスの手はナオミに触れようと伸ばされた。
巨大な怪鳥が首を振ってナオミを上空へと放り投げる様子が映り、ヘルメット内の映像がザラザラとしたノイズに覆われていく。
真っ赤に赤く輝く太陽と血の色が一緒になる。
擦過熱を複数感じながら、ケイスの意識が電源を消すようにクローズした。赤から黒へ。
続く → BRainARmor 脳鎧 - #02.ホットケーキ