まことに、この巨大な「仏木」は神であった。上記の古い伝承によれば、たんに「辛酉歳」とする太古に流れ出たる大木が「里」に流れついて災厄をなす。『年表』等に「霹靂木」というのは、神の降臨した木であることを示す語としてよいだろう。それが人間の世界に出現した時に疫病などの災いをのみもたらすのは奇異なことのようであるが、そうした荒ぶるしわざこそ、新たに出現した威力ある神の特徴ともいうべきものであった。
(出典:阿部泰郎 (1980年) 「三節 三尾明神: 長谷寺縁起」, 「四章 比良山の神々」, 「一、比良山系をめぐる宗教史的考察: 寺社縁起を中心とする」, 「論文篇」, 元興寺文化財研究所(編集), 『比良山系における山岳宗教調査報告書』, 元興寺文化財研究所, 51ページ1段目.)
この上の、『長谷寺縁起絵巻』第10段の絵図のなかには、近江国(おうみのくに)の高島(たかしま)の白蓮華谷(びゃくれんげだに)から流出した霊木を見守る三尾明神(みおみょうじん)(三尾大明神)(白衣の翁)や、長谷寺守護童子(持蓋童子)、異行の者たち(鬼たち)、雷神、風神(この絵では見切れていて見えません)などが描かれています。
この『長谷寺縁起絵巻』に描かれている、三尾明神の楠(くすのき)の霊木(巨木)の伝説と、香取本『大江山絵詞』という絵巻物に描かれている酒天童子(酒呑童子)が変化した楠の巨木の伝説には、類似点や共通点がたくさんあります。
ですので、『長谷寺縁起絵巻』と、香取本『大江山絵詞』の、それぞれの伝説には、なんらかのつながりがあるのではないかとおもいます。
この下の写真に写っているのは、滋賀県高島市にある、白蓮山長谷寺(びゃくれんざん ちょうこくじ)というお寺です。
この白蓮山長谷寺は、『長谷寺縁起絵巻』の物語のなかに描かれている、楠(くすのき)の霊木が流れ出した白蓮華谷(びゃくれんげだに)があるという、岳山(だけやま)(嶽山)という山のふもとにあります。
(所在地:滋賀県高島市(たかしまし)音羽(おとわ))
この下の写真に写っているのは、白蓮山長谷寺(びゃくれんざん ちょうこくじ)の隣りにある、大炊神社の鳥居と、そのすぐ横にある白鬚神社(しらひげじんじゃ)の小祠と、大きな石灯籠、などです。
この下の引用文は、『古美術』15号に掲載されている、宮次男さんの「名品鑑賞 長谷寺縁起」という論文の文章です。この引用文では、『長谷寺縁起絵巻』の概要について説明されています。
大和長谷寺といえば、牡丹と桜の名所として名高いが、西国三十三番参りの一つとして、
いくたびも参る心は初瀬寺
山も誓も深き谷川
と巡礼御詠歌に詠われた十一面観音を本尊とした由緒の深い札所であり、古くから人々の信仰をあつめた寺である。
長谷寺縁起絵巻三巻は、この十一面観音の造立にまつわる諸々の奇譚、霊験譚を集成したものだが、その内容は、 寛平八年(九九六)に菅原道真が勅命によって作成したと偽托されている漢文の長谷寺縁起文を和文化したものである。
上巻は道真が長谷寺に入って縁起文を筆する段を巻頭において、この縁起絵が由緒正しいことを示し、次いで、古くからあった本長谷寺の縁起を第二段に描くが、第三段以下は、本尊造像に尽力した徳道上人の誕生から出家、修行、寺院建立の決意、仏像造立の祈願を第七段までに描き、第八段は徳道が師の道明に教えられた霊木について、古老にその由来をたずねるところ。第九段以下第十二段は古老の語る霊木出現の経緯や、この木が人々にたたりをする説話を四話載せ、第十三段で徳道が里人からこの霊木をもらいうけた事をのべる。
中巻は〔中略〕仏師が六臂の菩薩像になったり(第六段)、台座となる金剛宝磐石が鬼神によって掘り出されたり(第八殿)する奇譚が描かれている。〔中略〕
下巻は、〔中略〕
以上が長谷寺縁起絵巻の概要であるが、これを大別すると、徳道上人の事蹟、十一面観音像の材料となった霊木にまつわる説話、十一面観音像の造立、行基による霊場巡歴 (長谷山内の紹介)、長谷寺造営と寺の景観がその主要主題になっている。その中でも注目されるのは、霊木にまつわる霊験説話と行基の巡歴した霊地で、いずれも観者の興味をそそるものである。
〔中略〕
ここにみられるような作風の絵巻は南北朝から室町にかけてあらわれるが、特に林家旧蔵現幸節家蔵の長谷寺縁起が最も近い。また、応永二十六年(一四一九)の杉谷神社本北野天神縁起にも、共通のスタイルが部分的ではあるが認められる。本絵巻も、十五世紀前半、室町初期を降らぬ製作と推定して、大過ないであろう。なお長谷寺縁起には、この外、徳川美術館、奈良長谷寺、堺長谷寺、鎌倉長谷寺、シャトル美術館などかなり残っている。この盛況は長谷観音の信仰と縁起絵巻の面白さに由来するものと言えよう。
(出典: 宮次男 (1966年) 「名品鑑賞 長谷寺縁起」, 三彩社(編集), 『古美術』, 15号, 三彩社, 81~82ページ.)
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「これ好奇のかけらなり、となむ語り伝へたるとや。」