今日は休みで、窓を開けると12月の冷たい風が寝ぼけた頭を冷やした。
午前中はひたすらベッドでゴロゴロして、先に起き出した同居人の肩越しに手を突き出し、頬張っていた小さなクッキーを分けてもらう。なんとなく怠惰で不健全な朝の始まりだ。
朝食にオムライスを食べ、ちょこっとだけ仕事をする。うまくいかずに、たまに叫んで頭をかき乱し、それでもなんとか決められた仕事を終えた。
やることが終わったから好きなことタイム。
読みたかった本を2冊と、もう読み終えた小説2冊、合計4冊と1つのノートをリュックサックに入れて、道路沿いのファミレスへ向かう。荷物はずっしりと重く、それでも「今から私は本を読むだけにあそこへ向かうんだ」とウキウキした気分で背中のリュックの重みがむしろ嬉しかった。
持ち出した本のうち1つをあげる。三宅香帆さんの『人生おたすけ処方箋』。友達のマシンガントークを聞いているかのような気分になる書評本だ。
本や作者に対する熱量がすごい作家さんだったけど、三宅さんは決して読者のことを無視しない。
「それはちがくない?」みたいなあらゆる読者からのツッコミを想定した予防線を三宅さんの文には感じる。だけど、それは自分を守るための文というよりも、読者にきちんと自分の言葉や考えを届けるための必要な文なんだと分かる。大人になったら分かるんだろうなと思うような本だった。
夜は同居人が作ってくれたトルティーヤを食べた。日曜らしく鉄腕ダッシュとイッテQを立て続けにみると、眠る同居人。
日曜の夜を幸せに感じる日が来るのか、来ないのか。もうすでに幸せなのかもしれない。
幸せになりたいなんて、あまり強く願ったことがないんだけど、それってつまりもう幸せになりたいって達成されてしまっていて、自分はすでに十分に恵まれているんじゃないかと思う。
結局比べないと人間は自分の幸せの基準も決められないのかと、天からの呪縛を感じる。
お風呂に入って歯を磨いて皿を洗って米を炊いたら就寝だ。なんだかまともな生活って感じで、どっかの舞台で私は操り人形になってんじゃないかと、幕とスポットライトの当たる赤と黒の世界を思い浮かべる。