林田力『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』は東急不動産消費者契約法違反訴訟(東京地裁平成18年8月30日判決、平成17年(ワ)3018号)を描いたノンフィクションです。東急不動産株式会社(販売代理:東急リバブル株式会社)が隣地建て替えによる日照・眺望・通風阻害という不利益事実を説明せずに新築分譲マンションをだまし売りしました。
東急不動産は2003年に東京都江東区で「眺望・採光が良好」など環境面の良さをアピールポイントとした新築分譲マンションを販売しました。パンフレットやチラシで「豊富な緑に心やすらぐ「洲崎川緑道公園」」「緑道に隣接するため、眺望・採光が良好!」と謳っていました。しかし、隣地が作業所に建て替えるという不利益事実を説明しませんでした。マンション竣工後に隣接地で建て替え工事が行われ、洲崎川緑道公園への眺望がなくなりました。
購入者(林田力)は引き渡し後に真相を知り、消費者契約法第4条第2項(不利益事実の不告知)に基づき売買契約を取り消し、裁判で売買代金を取り戻しました。書籍では裁判における当事者と裁判官の緊迫するやり取りを丹念に再現しました。個人が不誠実な不動産業者を相手に闘うドラマがあります。東急不動産のために働いた地上げ屋(近隣対策屋)が暗躍し、住環境を破壊する高層マンション建築紛争と共通するマンション建設の闇に触れました。
東急不動産だまし売り裁判の画期的なところは不動産売買契約を消費者契約法で取り消したリーディングケースとなったことです(今西康人「マンション販売における不動産業者の告知義務」安永正昭、鎌田薫、山野目章夫編『不動産取引判例百選第3版』有斐閣、2008年、31頁)。判決は以下のように消費者契約法違反(不利益事実の不告知)を認定しました。
「被告(注:東急不動産)は、本件売買契約の締結について勧誘をするに際し、原告に対し、本件マンションの完成後すぐに北側隣地に3階建て建物が建築され、その結果、本件建物の洋室の採光が奪われ、その窓からの眺望・通風等も失われるといった住環境が悪化するという原告に不利益となる事実ないし不利益を生じさせるおそれがある事実を故意に告げなかった」(東京地判平成18年8月30日、平成17年(ワ)第3018号)。
この判決は、内閣府消費者委員会で2015年4月10日に開催された第8回消費者契約法専門調査会の「参考資料1」で「事例1-7 消費者契約法検討会報告書 裁判例【109】」として紹介されました。
「原告がマンションの一室を購入するに当たり本件建物の眺望・採光・通風といった重要事項の良さを告げている一方、当該重要事項に関して本件マンション完成後すぐにその北側に隣接する所有地に三階建ての建物が建つ計画があることを知っていたのに被告の担当者が説明しなかったのは不利益事実を故意に告げなかったものであるとして、消費者契約法4条2項に基づく売買契約の取消に基づく売買代金の返還を建物明け渡しによる引換給付とともに請求し認容された事例」
以下でも紹介されています。
「マンションを購入するに当たり、建物の眺望・採光・通風の良さを告げている一方で、マンション完成後すぐに隣地に3階建て建物が建つ計画があることを知っていたにもかかわらず説明しなかったことは「不利益事実の不告知」に当たるとしたもの」(田中裕司「消費者契約法は不動産取引にどのような影響をもたらしているか――消費者契約法施行10年を振り返って――」RETIO No.80 (2011) 68頁)
「裁判例を見る限り、訴訟にまで至るのは、眺望に関する不実告知や不利益事実の不告知(福岡地判平成18年2月2日判例タイムズ1224号255頁、東京地判平成18年8月30日公刊物未登載)、ローン特約に関する不実告知(東京地判平成17年8月25日公刊物未登載)のように不動産売買契約に関する事案が多いものと思われる」(森大樹「不動産証券化取引(特に不動産賃貸取引)を巡る消費者政策・消費者法の概要と最新の動向(下)」不動産証券化ジャーナル2011年3-4月号89頁)
東急不動産だまし売り裁判は日本の不動産業界の抱える暗い部分の一つを映し出しています。裁判と並行して様々なマンション問題が噴出しました。耐震強度偽装事件に関連して、東急不動産マンションでは一級建築士資格を保有していない無資格者が構造設計者になっていることが判明しました。
また、排水通気管の欠陥施工も判明しました。排水管からゴボゴボという大きな騒音が発生して居住者を悩ませていましたが、それは特定の部分のみ排水通気管の口径が細くなっており、排水時に通気不足が生じていたことが原因でした。
さらに管理会社の株式会社東急コミュニティーの杜撰な管理も発覚しました。長期修繕計画の計算誤り(一般会計に参入している駐車場使用料を修繕積立会計に参入して計算し、修繕積立会計を過大に見せる)、管理規約違反(事務所使用)を放置、竣工図を自社保管、管理組合文書漏洩、点検回数の誤魔化し、管理人の営業利用などです。管理組合は管理会社を独立系の会社にリプレースしました。その結果、管理委託費の年間約120万円削減した上に欠陥施工を発見するなど質も向上しました。