新型コロナウイルス検査抑制と和牛商品券

新型コロナウイルス(COVID-19; coronavirus disease 2019)が深刻さを増しています。日本では新型コロナウイルスの検査を望む人が中々受けられないという問題があります。埼玉県警武南警察署の警察官の新型コロナウイルス感染では検査を受けるまでに複数の医療機関を渡り歩いていました(林田力「埼玉県警武南警察署の警察官がCOVID-19感染」ALIS 2020年3月9日)。

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また、中野セントラルパークサウスのコールセンターで最初に判明した感染者は3月1日から休みましたが、検査結果判明は3月11日夜でした(林田力「中野のコールセンターで新型コロナウイルス9人感染」ALIS 2020年3月26日)。

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早期発見・早期対処は基本中の基本です。中々検査を受けられないことが感染を拡大させている懸念があります。「軽症者は病院に行かずに自宅待機」との方針は、検査も受けられず重傷化した人々が次々と搬送される結果になりそうです。初期の症状のうちに検査して早く対処することが患者本位の医療です。

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中々検査が受けられない理由は複数考えられます。第一に物理的能力がないことです。日本は隣国の韓国と比較されます。韓国の感染者数が多いが、これは検査が充実しているためとされます。これに対して日本は検査数が少ないから、感染者が少ないとなります。

韓国は医療ベンチャーが発達しており、それが大量の検査を支えました。これに対して日本は厚生労働省主導です。昭和の護送船団方式の規制行政を続けてきた日本と差が出ました。公務員感覚に対する民間感覚の優越は素直に認めるべきでしょう。

第二に日本政府が新型コロナウイルスの感染者数を少なく見せるために検査を抑制しているとの指摘があります。これは世の中に問題があるかないかではなく、自分達が問題を報告しなければ問題がないと考える公務員感覚にマッチしているため、説得力を持って受け止められています。ダイヤモンド・プリンセス号への対応も船内の蔓延には無策でした。

現実に国立感染症研究所の職員がPCR検査について「入院を要する肺炎患者に限定すべき」と発言し、「検査をさせないようにしている」との疑念があります。この点について国立感染症研究所は職員の「接触歴が無ければ、PCR検査の優先順位は下がる」などの発言が「誤った文脈に理解され、事実誤認が広がった可能性がある」と説明します(国立感染症研究所「新型コロナウイルス感染症の積極的疫学調査に関する報道の事実誤認について」2020年3月1日)。

https://www.niid.go.jp/niid/ja/others/9441-covid19-15.html

国立感染症研究所は「医療機関を受診する患者さんへのPCR検査の実施可否について、積極的疫学調査を担っている本所の職員には、一切、権限はございません」と述べます。これが正しいならば国立感染症研究所が「検査をさせないようにしている」訳ではなくなりますが、検査希望者に検査を受けさせているのかという点は依然として不明なままになります。

何しろ国立感染症研究所は疫学調査を担っているだけで、PCR検査の実施可否の権限はないためです。従って国立感染症研究所の発表だけでは日本政府が「検査件数を抑えることで感染者数を少なく見せかけようとしている」ことを肯定も否定もできないことになります。国立感染症研究所の発表は自組織に責任がないことの説明になっても、検査を希望しているのに中々受けられない人々には何の回答にもなりません。

中国から遠く離れたフランスやイタリアで感染者が増えているのに、日本がそれほどでもないという数字を日本の封じ込め成功とみるか隠蔽とみるかはリテラシーが問われるところでしょう。日本は死者が少ないとされますが、日本は元々、死因不明社会と揶揄されるほど死因究明の点では粗末です。

第三に大量に検査をして大量の陽性者を出すと医療崩壊が起きるからとの指摘があります。たとえば韓国は大量検査で大量の陽性者を出し、医療崩壊が起きたとの主張があります。しかし、検査を望んでいる人がいても医療崩壊を避けるために検査しないとの論理は供給側の理屈です。供給側の理屈がまかり通ると、消費者の方が適応に努力すべきとの一辺倒になり、医療機関側に需要に応えるという民間企業では当たり前の発想を見出すことができなくなります。

どうしても公務員は現状の供給から逆算して考えがちであり、需要に応えようとする意識に欠けます。検査への不満はそこにあります。個々人の感染や死を統計上の数字にしか感じようとしない医師や公務員は有害です。患者本位の医療は21世紀には誰も否定しない建前ですが、簡単に吹っ飛ぶ日本社会の底の浅さを露呈しました。

この供給側の論理は、国民生活支援策として提案された和牛商品券や国産魚介類の商品券と重なります。消費者のニーズに応えるのではなく、売れなくなって困る業者側の発想です。消費者ファーストではなく、業者の存続が第一になっています。声の大きい業界団体の意向が反映される昭和の経済政策です。国民に配布する原資は国民の税金です。既得権擁護で予算をもてあそぶならば子ども銀行券で十分となります。もっと消費者感覚、民間感覚が必要です。

検査をするかしないかが供給側の都合で動いているならば、単純に検査を拡大すればよいという要求ではなくなります。供給側にリソースがなければ検査抑制になりますが、準備が整えば強権的な大量検査に転じるでしょう。全国一律の画一的な進め方は公務員感覚と親和性があります(林田力「新型コロナウイルスと全国一律の対策」ALIS 2020年2月28日)。

https://alis.to/hayariki/articles/KJNnWXoRo4bo

この場合は偽陽性も大量になります。冤罪事件でさえ責任を果たさない日本政府が偽陽性に対して責任を果たせるとは思えません。問題は検査を希望している人が検査を受けられないことと定義することが正しいでしょう。

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2020/03/27 0.85 ALIS 0.00 ALIS
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ノンフィクション著者 『東急不動産だまし売り裁判 こうして勝った』 マンションだまし売り被害を消費者契約法で解決。何者のだましの堤防も崩す https://www.hayariki.net/
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