東京都知事選挙が2020年7月5日に投開票されます。石原慎太郎、猪瀬直樹、舛添要一と歴代知事が任期途中に辞職した中で久しぶりに任期満了による選挙になりました。歴代知事に比べれば任期を全うするだけでも現職は評価できるとなります。
選挙活動では候補者陣営による電話投票依頼がなされることがあります。ある候補者陣営の投票依頼電話の話を紹介します。電話を受けた人が「都知事にはテレワークなどデジタルシフトを推進できる人になって欲しい」と答えたところ、「そうですか」で終わってしまいました。
電話を受けた人が述べたことは、「都知事にはテレワークなどデジタルシフトを推進できる人になって欲しい」だけです。特定の候補者を良いとも悪いとも言っていません。むしろ、誰が知事になったとしてもテレワークを進めて欲しいという政策要望です。「コロナはただの風邪であり、特別な対応は不要」と言う候補者でもない限り、否定する話ではないでしょう。
その候補者は新型コロナウイルスで経済的な影響を受けた人々への手厚い補償を重点的な政策として訴えています。それはそれで考える価値のある問題です(勿論、財政状況を考慮した判断になるでしょう)。しかし、それとテレワークの推進は相反するものではなく、両方推進してもおかしくないものです。ところが、何故か日本の政治志向は前者と後者がトレードオフ関係になっているように感じます。
テレワークの推進は働く人々にとって切実な問題です。場所にとらわれない自由な働き方になります。満員電車で通勤する無駄をなくせます。育児や介護を抱える人々が時間を作りやすくなります。技術的に可能であるのに周囲の意識が遅れていて、テレワークできない不合理を感じている人々も少なくありません。テレワークには人と会わなくなって自殺が減少する効果もあります(林田力「Social Distanceで自殺減少」ALIS 2020年5月13日)。
前回の2016年都知事選では鳥越俊太郎候補が大きく失墜しました。その理由は介護離職の正しい意味を知らないという有権者の感覚とピント外れがあったことです。介護離職は労働者が介護のために離職することですが、鳥越さんは介護職が低賃金などのために離職することと間違って認識していました。
これは無知という以上に深刻な問題があります。介護職の低賃金には問題意識を持っても、介護と仕事を両立できず離職しなければならなくなる昭和の働き方に対しては問題意識がないためです。低賃金の介護労働者と介護離職の可能性のあるオフィスワーカーのどちらが切実かという点から、まず前者の問題を優先するというならば一つの政治判断になるでしょう。ところが、鳥越さんの介護離職理解では後者の問題は存在すらしていません。これでは介護離職を現実的な可能性を持って考えている労働者の反感を受けても仕方ないでしょう。
テレワークへの関心の低い候補者陣営にも、これと同じようなものが感じられます。それどころか昭和の安定雇用を理想化して、新しい働き方のデメリットを強調する傾向があります。それでは昭和の工場労働者的な集団労働に窮屈さを感じ、自由度の高い働き方を求める労働者からは、候補者本人の主観的な立ち位置とは真逆の守旧派に映るかもしれません。
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