NHK大河ドラマ『どうする家康』第44回「徳川幕府誕生」が2023年11月19日に放送されました。今回からオープニング映像が変わり、オープニング曲もピアノ中心になりました。
徳川家康は征夷大将軍となり江戸に幕府を開きます。本多正信の子の本多正純が側近になります。正純は大久保忠世に育てられ、正信を反面教師にしています。「父のような不埒な生き方を許さぬことこそ、これからの世でございます」と言い切ります。
正純が正信を反面教師にしたことは、正純の運命を考えると複雑です。正信は正純に「三万石以上は受け取るな」と加増を戒めました。ところが、正純は宇都宮藩一五万石の大名になり、その後に失脚します。ここからすると正信のように大身大名にならずに不埒に生きた方が正しかったと言えます。
一方で正純の改易理由には宇都宮拝領の固辞も挙げられています。正純は正信の戒めに逆らった訳ではなく、それに従おうと固辞しました。それは秀忠にとっては秀忠を主君として扱っていない行為に見えました。ここからすると正信を反面教師にすることを貫いた方が良かったかもしれません。
史実では岡本大八事件、大久保長安事件、大久保忠隣改易が起こります。これは本多正信・正純親子と大久保忠隣の政争であり、本多父子の讒言によって忠隣は冤罪で改易されたとする見解が有力です。これに対して本多父子は大久保家に三河追放中に支援を受けた恩があり、対立関係はなかったとする見解もあります。『どうする家康』では家臣団は仲が良く、忠隣の改易が描かれるとしても後者になりそうです。
家康は後継者である徳川秀忠の頼りなさに不安を抱き、大勢の前で秀忠を叱責します。榊原康政は「殿とてあれぐらいの年の頃はどれほど頼りなかったか」と諫言します。正論ですが、家康の返答が深いです。家康には自分を叱る家臣団が存在した。秀忠には叱る人がいないと。家臣の協力で天下人に押しあがるという『どうする家康』のテーマは一貫しています。
榊原康政と本多正信は秀忠を励まします。主君の才能に依存し過ぎて滅んだ家を多く見てきたため、凡庸な方がむしろ良いと。NHK大河ドラマ『平清盛』を主演した松山ケンイチさんが演じる本多正信が言うと説得力があります。
淀殿とは対決は避けられない情勢です。前回の第43回「関ヶ原の戦い」で石田三成は捕縛後も家康への批判を貫きました。多くの物語では三成は自分の謀叛の首謀者という扱いにして豊臣家に矛先が向かないようにしました。家康も形だけでも豊臣家に矛先を向けないと約束することも多いです。『どうする家康』の淀殿では、それは意味がないものです。
豊臣秀頼も成長著しい姿で登場しました。淀殿の言いなりではなく、自分の意思を表明しそうな存在です。新しい大坂の陣の描写が得られそうです。但し、秀頼が成長したと言っても大阪城の中での宴会を仕切る経験しか積んでいなさそうです。それで天下人のような感覚を持っているならば、江戸幕府側からは滅びても仕方ない存在と評価されるかもしれません。
大久保忠隣改易は何が何でも豊臣家を滅ぼしたい家康が豊臣家融和派の忠隣が邪魔になったために仕組んだ冤罪とする見解もあります。家康は信長や秀吉と比べて晩年に暴君化した振る舞いが圧倒的に少なく、それが家康の立派なところですが、方広寺鐘銘事件と大久保忠隣改易は二大汚点と言えるでしょう。『どうする家康』が大久保忠隣改易を描くか、描く場合はどのように描くか注目です。
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